「あ!もしかして、さっきのダンプ…!」
数年前、わたしは通勤途中に接触事故を起こしてしまった。
わたしが車で相手が原付バイク。
しかも80歳というご高齢の方と。
ギャー!
せめてお怪我をしておられませんように…
と、祈りながら過ごしたその日の午後。
保険会社の判定は意外や意外で、相手の過失で、なんやったらこっちの車体の傷も弁償してもらえるとのこと。
えー、そんなことある?
ありました。
けど、お怪我がなくご無事であったことに安堵して感謝して感動しちゃったので、請求はせず、自費で修理もせず、傷はそのまま今日に至る。先方は自賠責のみで任意保険に入っていなかったんでね。
っていうズボラといい人アピールをしたいんではなくて。
この時、気がついてしまったのだ。パラレルワールドの秘密に!
というのも冒頭のダンプ。ダンプを思い出した。
この日の私は通期途中に事故を起こしてしまったので、警察やらなんやらで当然遅刻をした。職場に事故報告の義務があり、なんだかバツが悪いし事故を起こしたショックで精神が乱れているし、何より相手のお怪我が心配で
最悪やな…
の一言だった。
この時はまだ、先方の無傷と過失を知らなかったのでひたすらに落ち込むんでいた。
あー、やっぱりバタバタしてたらロクなこと無い。
朝は余裕をもって、ナンボやな、、
と今朝の自分を振り返り、一台のダンプカーを思い出す。
そういえばあのダンプ。
見かけないよね。
だいたいこの住宅街で用事ないしな。
しかしまぁダンプカーってドデカイですけど、その割にプスプスゆっくりじゃありません? ミッションやとああなるんかな。「Ⅼ」、「2」、ってギアを入れ替えていくからさ。いやいや、住宅街ならではの配慮なの?
って感じで、ちょっとゆっくりに見えたんですよね。
ダンプの直進してくる具合が。
で、バタバタしてますからわたくし。
「イケる」と思ってギュンって右折したんですよ。
安全運転法(って何?)に基づくとアウトで、民間運転法(もっと何?)に基づくと「みんなやってるやん」範囲内のセーフで。
だからその瞬間は気づいていなかった。
そしてあなたは今「だから安全運転には心の余裕が一番なのよ」って思ってますでしょ?
間違いない。
それは間違いないんです。こんなドタバタ危ない運転をしているから事故を呼ぶ。ダンプは免れたけどその先の原付で事故してるんだもの、それ見たことか。間違いない。その通りで返す言葉はございません。
けど、ここで言いたいのはそこではなくて、ここにくっついているもう一つの事実。それを言いたい。
あの見かけないダンプ。住宅街にそぐわないダンプは合図だったんですよ。わかりやすくね。
なぜなら馴染みのセダンや軽自動車なら、ためらいなくギュインするでしょ、あなたの普段の運転ならば気づかずに。事故のあと、振り返ったとしてもどの瞬間かを思い出せないくらいでしょ。
でも今日はあかんで。ここギュンしたら、この先の原付バイクとガッチャンコやから、わかりやすいダンプにしといたからね。ここで一呼吸置いて行ってや。ほな接触せんからな。
っていう、合図だったんですよ。
だからギュインしたときに違和感がいつもより強かったし、「こんな運転を何回も積み重ねてしもたらどえらい事故を起こしそうやな」ってヒヤっともした。
けど、そうでなくて。
いや、もちろんそうなんですよ、大正解なんですよ。「ちょっと危なかったし気をつけよう」って多少なりとも思ったから、減速していて大きな事故にならなかったんですから。
けど、ちゃうんです。
人生ってそういうことなんやなって思ったんです。
足止めされたり、遠回りしたり、邪魔が入って一見うまく行かへんって思うこと全部。結局、そのパラレルワールドで一番うまくいくように設計されてるんやなって思ったんですよ。
やたらに信号待ちや渋滞に会い過ぎる場合は、いつもとルートを変えたり出発時刻を変えたりすることでパラレルワールドを変えられる。車をバイクや電車、なんやったら徒歩に変えることもできちゃうし。
人生単位で考えると、イケテないパラレルワールドを遂行中は、一見、迷惑な感じに軌道修正が入る。その回数がやたらに多いから、つい、ツイてないとか運が悪いとか嫌なことばっかり起きるって思ってしまうけど。
大きく見たら、自分の成長スピードや心の準備その他にピッタリに合わせてくれてるんだなって。
それがいわゆる、人生に無駄なことはない。
人生に偶然はない。すべてが必然。
なんて言葉に表されるのかも。
こんなにゴチャゴチャ言わんでも、望むパラレルワールドにひょいっと乗せてくれるのが、日本伝統式レイキの不思議なところなんですよね。
理屈屋さんも、理屈屋さんでない方も、おすすめです!
私の習っているスクールです
NPO法人日本伝統式レイキ